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日産センチュリー証券・野澤正平代表取締役社長
editorCALLING!2007年02月28日 2:26 PM
日産センチュリー証券株式会社にて行われた、野澤正平代表取締役社長へのインタビューの裏側を届けるWeb限定企画。
人を大事にすること
日産センチュリー証券では、毎月の支店長会議の際に、目標以上の成績を上げた支店を表彰し、わずかではありますが金一封を渡しています。
また、これとは別に、半期に一回ですが営業マン個人の表彰をしています。これは半端な金一封ではありません。表彰式ということで、成績の良かった営業マン に対して表彰状を手渡しますが、私は以下同文というのは嫌いですから、一人一人に表彰状を読み上げて、「おめでとう、またやろうぜ」と握手をします。そん な時の彼らの目はギラギラ光っていますね。「今日はゆっくり飲んでくれ。ただ現金は二次会の飲み代になるといけないから、すぐ鞄にしまえよ」と伝えます (笑)。こうしたことを私は社長就任以来、ずっと行っています。初めのころは、同じようなメンバーが5人くらいというのが続いていまして、そのたびに「今 度はこの場で全営業マンにお会いしたい」と言っていました。すると、昨年の3月末ですが、5,6人を除いた全ての営業マンが本当に来てしまったのです。こ れは嬉しかったですね。会場の帝国ホテルで皆でどんちゃん騒ぎをしました。
やってくれた人には、やってくれただけ報いようという考え方です。事情があって達成できなかった人もいますが、そうした方々にも期待をしています。人を大事にすることは、必ず結果を伴って返ってくるからです。
きちんとした方向に向かって、一人たりとも横道にそれることなく、役職員全員が一丸となって進んだ時、その企業は末永く繁栄できる基礎ができあがっている と考えてよいでしょう。そのためには、社員と共有できるビジョンを掲げることが重要です。ビジョンに対し、何をしなくてはいけないかをいつも考えること。 どうしたら繁栄できるのか。それを常に考えなくては、事業を統括する長は務まらないと思います。
野澤さんの来歴
私は長野市川中島近くの農家の出です。8人兄弟の4番目でして、大学に行かせてもらえるほどの余裕はありませんでした。そこで仕方なく家業の手伝いを始め たのですが、その3年間で、言い方は良くないのですが“人の使い方”を覚えることができました。人を動かすものは頭でも腕でもなく、ハートだということを 学んだのです。その後、アルバイトをしながら大学に通い、陰ひなたなく働く中で、人さまへの“奉仕の仕方”を勉強することができました。苦労の4年間でし たが“人の使い方”と“奉仕の仕方”を身に付けた私に、怖いものはありませんでしたね。
そのため、普通の大卒の人より3年遅れて社会に出た計算になります。やったらやっただけ認めてくれる業種は証券だと思っていまして、当時から外資と結びつ きが強かった山一への入社を決めました。入社後数年は個人営業で、後に本社法人営業に配属されました。とても難しい仕事でしたが、法人といえども個人の集 合体に過ぎません。法人の一人一人の方と懇意にさせていただき、こちらの考え方を受けいれてもらう。結局は“対人営業”が原点になるのです。やがて支店の 経営に携わるようになってからは、支店員に能力以上のことやってもらうために何をしなくてはいけないかを考える日々でした。今、日産センチュリー証券でや らせていただいていることは、そうした山一時代の営業の延長だということが言えると思います。
若手の育成と市場での営業
昨年、親会社からお預かりした若手10人に営業研修をする機会がありました。彼らは電話もできず、客の前にも立ったことがない。いわば戦闘機には乗ったけ れど、弾を撃つ技術を持っていないような新人営業マンです。10月の研修修了後のお別れの時に、一人一人と最終の面接をしたんですが、その中の一人に明日 から何をやるかを尋ねました。すると「兜町のビルに飛び込み営業する」と言うんです。私はやめておけと言いまして、その代わりに教えたのが、「朝の11時 に、築地市場に入って営業をしろ。何も持たなくていいから、そのかわり名刺だけは山ほど持って行け」ということ。彼は親会社時代には何もやらない男だった そうですが、次の日から、野澤に言われたと毎日築地通いを始めまして、しまいには本当にいくつか契約を取り付けてきたんです。これに驚いたのがほかの9 人。俺も俺もと、今では築地市場、大田市場、北千住の中央市場と各地の市場での営業がスタートしています。
市場での営業がうまく回転するようになりまして、12月の冷え込みが厳しくなった時に作ったのが背中に社名が入ったこのジャンバーなんですよ。30枚作り ました。これを着れるか着れないかは皆の営業精神にかかっているよ。でもどうしても恥ずかしいようなら、築地に入ってから着なさい。ジャンパーをリュック で運んで、帰るときは脱いでいいから。ただ、兜町から電車に乗って築地までこれを着ていける営業マンなら、俺は一緒に酒を飲みたい、と言いました(笑)。
こうした営業手法も、私が山一でやってきたことの繰り返しに過ぎません。若手は、若さに任せてガムシャラにやれるからむしろ有利かもしれませんね。逆に焦るのは周りや先輩です。
日産センチュリー証券が選ばれる理由
お客さまに、ネット取引に関しましてなぜ日産センチュリー証券を選択されたのかを聞いたことがあります。まず第一には手数料が安いこと。二つ目には使い勝 手がいいこと。これらは今後もニーズが集中する重要なポイントだと考えています。三つ目には、手前味噌で恐縮ですが「野澤さんがいるから」というお言葉を 投げかけていただけるお客さまもいらっしゃいます。私は素直にとても嬉しく感じています。それに対して私は「ありがとうございます」というメッセージを、 日々送り続けたいという思いでいます。
野澤正平(のざわしょうへい)
1938年生まれ。長野県出身。高校卒業後、3年間にわたって家業の農業に従事。1964年、法政大学経済学部を卒業し、山一證券(株)に入社。金融法人 本部副本部長、名古屋支店長、専務取締役大阪支店長を経て1997年同社代表取締役社長に就任。自主廃業を迎えた山一證券の最後の社長となる。2004 年、旧センチュリー証券(株)代表取締役社長に就任。現在は日産センチュリー証券株式会社代表取締役社長。
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